最近、SNSやビジネスニュースで「マッキンゼーが発表した、AIに勝てる3つのスキル」という話題、よく見かけませんか?
「AIに仕事が奪われる」なんて言われて久しいですが、天下のマッキンゼーが「これなら勝てる」と言ってくれるなら、その答えを知りたいと思うのが人情というもの。
私も気になって調べてみたんですが、そこには「単なるスキルの話」以上の、仕事の本質が隠れていました。
今日は、そのニュースの背景にある「一次情報の話」と、現場で働いている私たちが明日から意識すべき「責任」と「問い」について、実体験を交えてシェアします。
「あのレポートはどこ?」一次情報を探してわかったこと
まず、この話題の出処について少し触れさせてください。
私は普段から、ニュースを見聞きした時は「できるだけ一次情報(大元のソース)にあたる」ことを大切にしています。誰かのフィルターを通した要約ではなく、原文のニュアンスにこそ真実があると思っているからです。
今回も「マッキンゼーのレポートなら、図解たっぷりのPDF資料があるはずだ」と思い、公式サイトや海外のアーカイブをかなり探し回りました。
でも、結論から言うと「レポート(報告書)」という形では存在していませんでした。
CES 2026での「生の言葉」にこそ価値がある
よくよく調べてみると、これは2026年1月にラスベガスで開催された「CES 2026」にて、マッキンゼーのトップ(グローバルマネージングパートナー)、ボブ・スターンフェルス氏が語った内容がベースになっています。
「なんだ、データに基づいたレポートじゃないのか」とガッカリする人もいるかもしれません。 しかし私は逆に、「丁寧に編集されたレポートになる前の、トップの生の言葉」だからこそ、今の時代の空気をリアルに反映していると感じました。
これは「過去の統計(データ)」ではなく、世界的なコンサルティングファームのトップが見ている「未来の指針(ビジョン)」です。そう捉えれば、レポートの有無にかかわらず、私たちが耳を傾ける価値は十分にあるはずです。
マッキンゼーが提言した「3つのスキル」とは?
では、そのスターンフェルス氏が挙げた「AIには難しく、人間が磨くべき3つの領域」とは何だったのか。簡単に整理します。
- 志を抱く能力(The ability to aspire)
- 判断力(Judgment)
- 真の創造性(True creativity)
文字面だけ見ると「まあ、そうだろうね」という綺麗な言葉に見えますよね。 でも、これを私たちの「現場の仕事」に置き換えると、もっと生々しい意味が見えてきます。
【実体験】現場レベルで「志」と「判断力」をどう捉えるか
ニュースをただの知識で終わらせないために、私なりにこの「抽象的な言葉」を日々の業務に落とし込んでみました。
1. 「志(Aspire)」とは「問い」と「仮説」を持つこと
「志」と言うと大げさに聞こえますが、私はこれを「問いを立てる力」だと解釈しています。
最近、ChatGPTなどのAIを使うようになって痛感するのが、「こちらが指示(問い)を出さない限り、AIは永遠に黙ったままである」ということです。
AIは「答え」を出すのは爆速です。でも、「そもそも何を解決すべきか?」「何のためにやるのか?」という「問い」や「仮説」は、人間が持たないといけません。
- 「もっと効率よくできないか?」
- 「この体験にはどんな価値があるのか?」
そういった、内側から湧き出るような仮説を心に刻み、検証していくプロセス。それこそが「志」の正体ではないでしょうか。
2. 「判断力(Judgment)」とは「責任を取る覚悟」
次に「判断力」。これもAIが得意そうな領域(データ分析など)に見えますが、決定的に違う点があります。
それは、「最終的に自分が責任を取れるかどうか」です。
仕事をしていると、データ上はA案が正しくても、関わってくれた人たちの感情や、それまでの文脈、あるいは「こっちの方が筋が通っている」という信念から、あえてB案を選ぶ場面がありますよね。
- 「短期的な利益よりも、顧客との長期的な信頼を選びたい」
- 「データは悪いが、ここには未来の種がある気がする」
こうした、数値化できない「配慮」や「信念」を含めた意思決定。そして何より、「もし失敗したら自分が泥をかぶる」という覚悟。
AIに「責任を取って辞表を書く」ことはできません。最後にハンコを押して、その結果を引き受けるのが人間の役割であり、それが本当の「判断力」なのだと思います。
マッキンゼーの「志」= 博報堂の「自分だけの正解」
こうやって考えていくと、以前このブログで紹介した博報堂生活総合研究所の「2026年の生活者潮流」の話と、驚くほど符合することに気づきます。
博報堂のレポートでは、人々が「みんなの最適解(失敗しない選択)」に疲れ、「自分だけの正解」を求め始めていると指摘していました。
これこそまさに、マッキンゼーが言う「Aspire(志)」の実践的な姿ではないでしょうか。
- マッキンゼー: 「AI時代には、人間にしか持てない『志』が必要だ」
- 博報堂: 「それは他人の真似ではなく、『自分だけの正解』を持つことだ」
グローバルな視点(マッキンゼー)と、日本の生活者視点(博報堂)。 入り口は違いますが、行き着く先は同じです。
AIやアルゴリズムが弾き出した「正解(みんなの最適解)」に従うだけなら、人間は不要です。「データはこう言っている。でも、私はこうしたい」という人間特有の「わがまま」や「こだわり」にこそ、これからの価値が宿るのだと確信しています。

まとめ:情報を鵜呑みにせず、自分の「軸」で勝負する
マッキンゼーの言葉は強力ですが、それをただ「へぇ〜」と聞いているだけでは意味がありません。
- ソース(一次情報)を大切にする姿勢を持つこと。
- AIにはできない「問い(仮説)」を常に持ち続けること。
- 最後は自分が「責任」を取る覚悟で判断すること。
この3つを意識するだけで、AIに対する漠然とした不安は消え、「AIを使い倒す側の人間」になれるはずです。
さて、あなたは明日からの仕事で、AIにどんな「問い」を投げかけますか? そして、どんな「責任」ある決断を下しますか?
